「今日はパンケーキか!」
ぼくが学校から帰るといつも、暖かい紅茶とおいしそうなお菓子が用意してあった。
「昼間にお母さんが 仕事から帰ってきて用意してくれてるのかな?でも仕事場はすごく遠いっていってたし…いつも忙しくて電話もできないって言ってるし…ほんとうにそうだったらいいのにな。」
ぼくは誰もいない部屋を見渡しながらつぶやいた。誰かが帰ってきたような跡はない。
さみしげなリビングのテーブルは場違な作り立てのパンケーキと、あたたかそうな紅茶のゆげが、窓から差し込んだ光にあたってキラキラしてみえた。
おなかがぐぅーとなった
「まあいいや。食べよっと!」
パンケーキはほどよく優しい甘さだった。
「今日もおいしいな。でも、ひとりぼっちで食べるのはなんだかな…。」
ぼくは暖い紅茶をぐいっと飲み干した。
それからも毎日学校から帰ると家には誰もいないのに、なぜかお菓子と紅茶だけは用意してあった。
この日は学校がお昼までに終わる日だった。
「そうだ!いいことを思いついた!」
ぼくは学校にむかう途中にあることをひらめいた。
学校が終わると、まっすぐ家へ走った。
でも家には入らずに家の裏側へこっそりまわった。裏側の小さな窓からキッチンが見えた。
「絶対に誰がお菓子を用意してるのか見てやるんだ!」
ぼくは息を殺しながらじーっとのぞいていた。
どれくらい時間がたったのだろうか。今日は給食がなかったので、痛くなるくらいおなかがすいていた。
それでもぼくはじっと待っていた。
その時だった。
ふしぎなことが起こった
戸棚においてある砂糖の箱の中からこコーヒーカップくらいの小さな女の子がずらずらと出てきた。
みんな白っぽいワンピースのようなものを着ている。
ぼくは思わず声を出しそうになった。
10人ほど出てきた後に、ピンクのフリフリのドレスを着た小さな女の子が現れた。
ほかの女の子たちはみんなならんで、ドレスの女の子に深々と頭を下げた。
ドレスの女の子はにこりと微笑んだ。
ぼくはその笑顔になぜかどきっとした。
ドレスの女の子が何かを話すと、みんな一斉に散らばってキッチン中の棚という棚をあけ、
女の子たちにとってはかなり大きなボウルや、泡だて器や、お玉や計量カップやらを取り出した。
そのあと、みんなでうんうん言いながら冷蔵庫を開けて、卵や牛乳、生クリームやらをたくさんとりだして台所にきれいに並べた。
そこからは早かった。ドレスの女の子の掛け声と共に、数人の女の子たちは生クリームを溶き、
残りの女の子たちは、卵と砂糖をふわふわになるまで混ぜてから、薄力粉と牛乳そして最後にバニラエッセンスを4滴入れた。
作った生地を平べったく伸ばし、熱々のオーブンに入れた。
みんなびっくりするほど手際が良かった。
しばらくすると甘くていい匂いがした。
焼きあがった生地にたっぷり生クリームを塗ったら、それをくるくるとまいて、おいしそうなロールケーキができあがった。
つかさず冷蔵庫に入れると、次はお片付け。
みんなで協力してあっという間にキッチンはピカピカになった。
そうこうしているうちにロールケーキは冷蔵庫から取り出され、お皿に盛り付けられた。
ドレスの女の子は小さな瓶を取り出し、ロールケーキの上にさらさらとシュガーパウダーを振りかけた。
シュガーパウダーはキラキラと渦を巻きながら、ロールケーキの上に落ちていった。
最後に暖かい紅茶を注いだ時だった。
リビングにかけてある時計から、ボーンと15時を告げる鐘が鳴った。いつもならぼくが家に帰る時間だ。
小さな女の子たちは大急ぎで砂糖の箱に帰っていった。
ぼくは表へ回り、玄関から家に入った。
「ただいま!」
にぎやかだったキッチンは静まり返っていた。
テーブルの上には暖かい紅茶とおいしそうなロールケーキがおいてあった。
「いただきます…」
本当においしかった。涙がとまらなかった。
紅茶の暖かさが体にしみた。
「今度はみんなで一緒に食べよう。」
ぼくはそれとなくつぶやいた。
一瞬砂糖の箱が空いたような気がした。
終わり
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